宿題の在り方

信用とは何か

『教育の平等』を追求するために塾を始めた。

教育とは何か。

小学校に通っている娘を見てふと考える。

いや、退社してから塾を始め、そして今の今までずっと考えてきたことだ。

先日、授業が終わってから、一番最初に入塾した生徒と話す時間があった。

『宿題』について話をした。

前に働いていた塾では当たり前のように、宿題確認の時間があった。

しかし、そのたびに、

「なんで確認をしなければいけないんだろう」

と私は疑問に思っていた。

万一、宿題をしているかしていないか、自分でも解らない相手になら勿論、確認が必要だと思う。

確認して、「やってないねー」と伝えるべきである。

でも、自分でやったかやってないかぐらい、言われなくてもわかるだろう。

そんな生徒に対してそれを言う意味があるのか。

一瞬宿題を見たところで、自分で解いたのか、解答を丸写ししたのか、丸写しした上で理解しているのかどうかなんて誰がわかるんだ。

私は信用している。

だから、宿題を見ない。

宿題の確認をしている時点で何の信用もしていないのだ。

たとえ今、やっていなかったとしても自分で気づき、改めてくれることが、強制なんかよりも一生モノの力になることなんて、言わずもがな。

今はまだ、練習だ。

自分で自分のために動ける、そんな人になって欲しい。

11 thoughts on “信用とは何か

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