自分で考える

授業をするということ

生徒からの反応を見て、塾というものは何を求められているのかと考えることがある。

近頃の私はまさにその真っ只中。

 

試験の点数をあげるということは勿論だとは思っているが、批判の言葉があるのも承知の上で言うと、それは、最優先事項ではないと私は考えている。

 

私の得意科目は数学だ。それでも、国語でも理科でも英語でもいい。

自分がどの科目の授業を担当するとしても、私が生徒に伝えたいことをただその科目を通して伝える。

科目というのはその手段に過ぎないと認識している。

 

それが10代という多感で貴重な時期に学生に関わることができる一人の大人としての役割・責任であると考えている。

テストの点を上げるだけならば、違う塾の方がいいと思いますよ。そう言い切ってもいいくらい、自分の中には確固たる信念がある。

その信念だけが私を独立という道へと導いたのだから、それだけは誰に何を言われようとも自分にとっては曲げられないものなのである。

 

先生や親などの限られたコミュニティの中で、関わる一人の大人として、

こんな人もいるんだ。

こんな考え方もあるんだ。

そんな風に考えるきっかけを作ることができればどれだけ素晴らしいだろうかと考え、日々行動している。

 

ちきりんさんの本の題名にある、

自分のアタマで考えよう

この言葉の持つ重さを感じる。

 

考える習慣をつける。自分の考えを持つ。自分の考えを言葉にして伝える。

 

こんな当たり前のことができない人が多いのだ。

 

どんな時も人に意見を求めて自分の考えを出さない。

失敗したら他人のせいにする。

人の意見で失敗するならば、自分の考えで失敗したほうが学びがある。

失敗を素直に受け止め、学び、自分のアタマで考えて次に繋げる。

 

その価値はまさに自分という人間の価値そのものなのだと思っている。

 

しっかりと、自分のアタマで考えましょう。

人の意見を聞くことは決して間違いではない。

しかし全てを取り入れたうえで自分はどのように行動していくのか。それを決めるのは、間違いなく自分自身であるということを認識しましょう。

そして結果を元に考察する力を身につけましょう。

16 thoughts on “授業をするということ

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