子どもの英語教育

日本人であることを意識する

このような題名を書くとなんだかややこしい感じがする昨今。

しかし、どう頑張っても日本で成長してきた私たちは日本人であることが当たり前で日本人でいることに少しだけ優越感を持っていて、日本でいると世界の中で考えると、自分が日本人で日本語を操るという、マイノリティ側であることを忘れがちである。

今日話していきたいのは言語の話である。

日本人の感覚で全ての物事を考えていると本当にびっくりすることばかりだ。

 

大学生の時に仲良かったオーストラリアの友人が、日曜日に一緒に出掛けようと誘ってきた。

しかし家族の予定があったため、

「I’m sorry , I can’t.」

と答えると納得いっていない様子。

あれ、断ったことがだめだったのかなと思っていたら、

「Why?」

って聞いてくるんですね。これって日本人の感覚と違いますよね。

友達と約束していて急に行けなくなるなどであれば理由が必要だと思うのですが、はじめに断ったことで言わなきゃいけないのかなぁとその時の私は思ったのです。

 

その後もっと仲良くなった時にその子に聞いてみると、断る時はいつだって理由は必要だよと言われました。

行く気がないなら行きたくないと言って欲しいし、行きたいけれども、どうしても無理な用事があるからなのであればそれも言って欲しいということである。

つまり日本人らしさである、忖度は必要ないということだ。

必要なのは事実だと、なるほど。そっちの方が確かにお互いのためだなと思った訳である。

理由もなんともまあ、日本人にかけている部分だと納得した。

無駄な時間を使いたくない。それだけだと言われた。誘われて嫌なんだったら何度も誘うの失礼でしょと。

 

なんとなく、統計学の発展していない日本人の特徴を浮き彫りにしているような気がするのである。

 

統計学という言葉は私のようなゆとり世代には皆無の知識であった。しかし、指導要領の改訂により、今の学生はその内容を学ぶ機会を得られている。

 

今考えてみるとあらゆる確率論の問題は解けるけれども、情報を集めてそのデータから関連性を見出すといった力の習得ができていないのである。

 

実際に今だに国民の所得水準を算出する際にも、「平均」を使っているのは日本くらいだ。

平均というデータも脆さすら理解できていない日本人は言語だけでなく、このビッグデータの時代に統計的にもマイノリティに属しているのだ。

 

間違いなくこのままでは、日本は衰退していく。

優秀な学生や若者が海外に流れていくのも当然の結果であると考えられる。

間違いなく英語は必須。

 

子どもの学習において、英語に重きを置かなければいけないことは言うまでもない。

 

3 thoughts on “日本人であることを意識する

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