皆さんはバカボンの話を知っていますか?
私が幼い頃から寺の娘として生まれ、仏教に少しばかりではありますが、関心を抱いて過ごしてきました。
宗教の話はあまり触れない方がよくて、、という部分があったり、一般的には自分の家の宗派も知らない人ばかりなので単純に会話に至らないというのが現状だ。
良くない言い方をすると、「おはなしにならない」のである。
今、30代になり、より増して宗教に関心を抱くようになった。
理由はあらゆる学習面で宗教が元になっているものが多いからだ。
もし、今、勉強と宗教の関係性に「?」がついている人がいれば、勉強不足だと思う。
数学を勉強した時、いまだ言語は国によって異なっている所が多い中で数字に関する認識は世界共通。
海外の大学の社会の授業は受けられないけれども数学の授業ならわかる。
数字が全国共通であることの恩恵を我々は享受できるのだ。
どうやって数字が生まれたのか。そして今だにその概念を超えるものが存在しないということにも、その完全性を我々は否めない。
英語の考え方においても、間違いなく宗教色は色濃いだろう。
そこは学問を始める前に知っておくべきことだと私は思うので自分がかかわった生徒には必ず伝えるようにしている。
それではバカボンの話に戻ろう。
バカボンは仏教の「薄伽梵」(ばぎゃぼん、釈迦如来)が由来とされていて、まさに釈迦如来そのものを表しているのです。
あの濃いキャラクターに人生で大事なことを伝えるという方法を赤塚不二夫さんがとられたことにまず驚かされる。
バカボンが言うからなんだかどうでもよさそうなことに聞こえるのだけれども決してそうではない。
彼の言う、「それでいいのだ」が間違いなく私たちが到達しなければならない考え方なのだと思う。
そういう目でバカボンを見返してほしい。レレレのおじさんのこともきっと受け入れらるようになるだろう。
色々人生の岐路に立たされると、悩むことが多くなるだろう。
一つ一つの選択で確かに大きく変わってくるかもしれない。失敗を恐れて足が前に進まないこともあるだろう。
しかし、必ず前に進むことだけを考えて私は生きてきた。
自分の選択が間違っていたかもしれない。
しかし、「それでいいのだ」
人が悔やむのはいつも過去。
でも残念ながら過去は変えられない。悔やんでも仕方のないこと。
大事なのはこれからどうするか。それを考えるために、過去を受け入れることが大事なのだ。
つまり、納得することが何よりも大切だ。
あらゆる本に触れてきて感じることはいつも同じことだと実感できるだろう。
ぜひ、本を読んでもらいたい。
今回の題名は、反応しない練習という、草薙龍瞬(くさなぎりゅうしん)さんの本に書かれていたフレーズです。
ぜひ読んでもらいたい。
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