読書の重要性

読書を薦める理由

みなさん、講演会などに参加されたことはありますか?

大人になれば授業というものがなくなり、誰かの話をお金を出して聞くという経験は少なくなるかもしれません。

 

大学の夜間学習会に参加することも多く、今は職業上、難しくなっておりますが。

 

大学生の時の考え方

講演会を聞きにいった話

大学生の頃、生命科学関係の先端企業の代表の方のお話があり、大阪から東京まで往復4時間かけて行き、2時間の講演会を聞きにいったことがあります。

今は上場企業となり、その時学生にしては多くのお金を払ったことを今でも覚えています。

その経験というのは本当に素晴らしくて確かに後の自分自身の人生に大きな影響を与えました。

 

しかし、何度も何度もできることではありませんでした。

それには時間とお金は必要でした。

 

実体験に重きを置く

その時の私は実体験が重要であるという認識を持っていました。

どれだけ自然の素晴らしさを伝えられてもピンとこない。

その場に自分がいることに価値があるのだと。

年1回でもいいからそういう機会を作ることが大事なのだと。

 

考え方を変えてくれた教授との話

しかしある日を境に私の考え方は大きく変わりました。

上海に大学からの研修で行かせてもらった時のこと。

たまたま尊敬する他大学の教授と飛行機で横の席に座る機会がありました。

その時に話した内容を紹介したいと思う。

 

何気ない会話の中から本の話になり、その教授は数冊の書籍を書かれていました。

教授は、本の素晴らしさを伝えてくれました。

しかし私は、本は素晴らしいがそれでもなお、実体験に勝るものはないのではと意見しました。

 

その時の教授の言葉が今も忘れられません。

「確かに、人の経験を聞くのと自分が体験するのには全く次元の違う話かもしれない。

しかし、こう考えてみてはどうだろうか。(教授の口癖)

本は著者を通して個人的な実体験を味わうことができるのではないかな。」

「もしそう感じ取れないのだとしたら、それは本という媒体の問題ではなく、君の問題ではないだろうか。」

 

親に言われていたとすれば反発していただろう。

尊敬している教授の言葉であったが故に素直に受け止めることができました。

 

考え方が変わった後の行動

実際にそれからというものの、本を読み漁った。とにかく読んだ。興味のある本は全て。

学生の頃のバイト代も学費に使ったり必要なもの以外は全て欲しい本に費やした。

 

少しでも気になった本は買った。それは今も変わらない。

本屋で欲しい本を探している間に見つけた気になる本は必ず手に取り、少し見て気になれば買う。その繰り返し。

 

株式から学ぶ自分への投資

正直、運営する学習塾での収入の大半を本に使っているだろう。

それは株式における再投資と同じことなのだ。

単利ではなく複利を得ていく、その仕組みは人にも応用できると思うのだ。

いや、寧ろ人から株式にいったのではないかとすら思っている。

 

想像力を養う

教授が私に伝えたかったことは今になればよくわかる。

それは今私が生徒に伝えたいことでもあるからだ。

 

小さい子にもよく言うだろう。

あいての子のきもちになってかんがえようね」と。

まさにそれである。

誰かに感情移入まではいかなくとも、その人の立場になって考えられる、つまり複眼的な視点で考えることができるようになることが重要なのだ。

それが想像力を養うことになるのだ。

 

そして、私が好きな著者である藤原和博さんも同じようなことを著書の中に記されていた、

加えて、

本を読むという行為は、消して情報を得たいというためにやることではなくて寧ろ、自分の中からどのくらい引き出せるかという営みなのです

と。

決して誰かの話を一方的に聞いているのではない。

作者の考え・経験を踏まえ、その内容を如何に自分の人生に置き換えられるか。そして自分のものとして表現できるか。そこが一番大事だということである。

この重要性をしっかりと理解して欲しいと思うのだ。

 

そう考えると、あの教授の口癖、

こう考えてみてはどうだろうか。

この言葉は複眼的思考と持つための魔法の言葉だなとつくづく思うのである。

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