失敗から学ぶ

【小学生のお子さんがいらっしゃる方】とりあえず英語を勉強しましょう

英語の勉強の重要性はもういうまでもないのだが。

塾経営をしている立場から考えると、小学校で習っている英語では遥かに勉強量は足りない。

今、中学入試の中に英語がないのだが、4月からの新課程においては、教科書改訂により今の中1の教科書とははるかにレベルが違う問題集を取り入れる予定となっている。

今、中学入試の中に英語がないのだが、4月からの新課程においては、教科書改訂により今の中1の教科書とははるかにレベルが違う問題集を取り入れる予定となっている。実際に使用されている単語などのレベルははるかに高くなっている。

例えば、英語を勉強せずに国語と数学の勉強に励んで国語と数学の成績がいくら良くとも、大手の塾の団体クラスに入ると、英語の勉強が足りないだけで下のクラスに入ることになってしまうのである。

こんな落とし穴あったっけ?って思うくらいの落とし穴である。

苦手意識というのは恐ろしいもので、あと1歩なのにとんでもないような壁に見えたりするものなのだ。

文字通り、その先を知らない人にとっては先が見えないからである。

親がしてあげなければいけないのは、失敗しないように先回りして道端の小石を除いていくことではない。

親がしてあげなければいけないのは、失敗しないように先回りして道端の小石を除いていくことではない。

失敗させることである。

挽回可能な失敗をさせて、乗り越えるのを手伝う・見守ることである。苦手意識を持たせてはいけないのではない。

苦手意識を持ったものでも乗り越えることができるという経験を持たせることである。

子どもがびっくりするくらい点数をもって帰ってきた時、その時こそチャンスである。

子どもがびっくりするくらい点数をもって帰ってきた時、その時こそチャンスである。どうしようと思っている子もいるかもしれない。でも先に生きている我々大人は思うのだ。子どもが思っているよりはるかににどうでもいいことだなと。点数が悪いからといって何も起こらない。大したことのない失敗である。

子どもがびっくりするくらい点数をもって帰ってきた時、その時こそチャンスである。どうしようと悩んでいる子もいるかもしれない。でも先に生きている我々大人は思うのだ。子どもが思っているよりはるかににどうでもいいことだなと。点数が悪いからといって何も起こらない。大したことのない失敗である。その大したことない失敗からもし多くを学ぶことができればどれだけ価値のあるテストだったかと思うのである。

子どもの失敗を親が恐れてはいけない。

幼い頃に感じる小さな失敗を子どもから親が奪ってはいけないのだ。